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福島地方裁判所会津若松支部 昭和38年(ワ)220号 判決 1964年6月19日

原告 成田弘

被告 本田勝忠

主文

一、被告は原告に対し、金一四五、一三六円の支払をせよ。

二、原告その余の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

五、被告が金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告は、「被告は原告に対し、金二七三、五六七円の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(一)  原告は、昭和三三年二月一〇日午前九時頃、福島県会津若松市下大和町七番地会津丸合組合(後に株式会社会津若松丸合合同青果市場となる)で里芋洗の作業中、被告が自家用貨物三輪自動車に蜜柑箱を満載して道路から右市場構内に後退して来たので、右自動車を避けた瞬間車上積載の蜜柑箱が一度に崩れ落ち、原告はその下敷となつて全身打撲の傷害を受けた。

右事故の原因は、被告が荷物を積載して後退する際、積み重ねた荷物の方が右市場構内建物の梁より高かつたのでロープを取り外して上積の分を降ろし、ロープを取り外したまま後退したので障害に乗り上げて荷台が揺れた瞬間蜜柑箱が崩れ落ちたもので、被告の重大な過失に基くものである。

(二)  原告は、右事故直後医師の治療を受けたが当時は左程の傷害とは思わなかつた。然るに、原告は昭和三五年一二月中旬頃から身体の障害が甚しく悪化して来たので医師の細密診断を受けた結果、第五腰椎辷り症兼根性坐骨神経を傷害し、異型メニエル氏病を併発していることが判明した。

(三)  原告は、昭和二八年一〇月から前記会津丸合組合(株式会社会津若松丸合合同青果市場)に勤務し、本俸一ケ月金七、〇〇〇円、天者手当一ケ月金三、〇〇〇円と他に内職による収入が少くとも一ケ月金五、〇〇〇円はあつた。然るに右傷害を受けたため、右青果市場の労務に堪え兼ねて昭和三八年八月一五日退職し、昭和三九年一月一二日会津高等学校の用務員(小使)に就職した。

従つて、本件事故により原告が蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  金三四、六九八円

昭和三八年八月一六日より昭和三九年一月一一日まで前記青果市場の本俸一ケ月金七、〇〇〇円の割合による金額の得べかりし利益の喪失

(2)  金一四、七〇五円

前記期間における前記青果市場の天者手当一ケ月金三、〇〇〇円の割合による金額の得べかりし利益の喪失

(3)  金二四、一六四円

前記期間における内職収入一ケ月金五、〇〇〇円の割合による金額の得べかりし利益の喪失

(4)  金二〇〇、〇〇〇円 慰藉料

以上合計金二七三、五六七円

よつて、原告は被告に対し、金二七三、五六七円の支払を求める。

と述べ

被告の抗弁に対し、本件損害賠償請求権が時効により消滅したとの主張はこれを争う。被害者である原告が損害を知つたのは昭和三五年一二月中旬のことであるから、右期日より時効が進行すべきもので本件損害賠償請求権は消滅していない。と述べ

再抗弁として、仮りに被告主張のように、本件損害賠償請求権が昭和三六年二月九日を経過すると共に時効により消滅したとしても、被告は昭和三八年一一月一七日原告に対し時効の利益を放棄した。と述べ

立証<省略>

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として

(一)  請求原因第一項の事実中、原告が昭和三三年二月一〇日午前九時頃福島県会津若松市下大和町七番地会津丸合組合(株式会社会津若松丸合合同青果市場)で里芋洗の作業をしていたこと、被告が自家用貨物三輪自動車に蜜柑箱を積載して道路から右市場構内に後退運転したこと、右積載蜜柑箱の最上段が市場建物の梁に触れる状態だつたのでロープを取り外して最上段の蜜柑箱を降ろし、ロープを取り外したまま後退したこと、右三輪自動車が建物入口の敷居を通過する際荷台が揺れて車上積載の蜜柑箱の幾つかが崩れ落ちて原告に接触したことは認めるが、原告が全身打撲の傷害を受けたことは否認する。

被告は、道路上において積荷にロープをかけないで自動車を運行したものではなく、市場建物及びその敷地における蜜柑箱積卸し作業の際、都合上小型三輪貨物自動車を数メートル移動させたまでのことである。迅速かつ円滑たるべき商品納入作業であるし、原告始め市場従業員の注意義務の履行を疑わなかつたので、被告は再度ロープをかけ直すことを不必要と感じたものであつて、被告に過失はない。却つて原告が一般人としての注意義務及び市場従業員たる立場に基く注意義務を怠つた結果、本件事故が発生したのである。

(二)  同第二項の事実中、原告が事故直後医師の治療を受けたことは認めるが、その余の事実は不知。

(三)  同第三項の事実中、原告が昭和二八年一〇月から会津丸合組合に勤務し、本俸一ケ月金七、〇〇〇円を貰つていること、原告が昭和三八年八月一五日株式会社会津若松丸合合同青果市場を退職したこと原告が会津高等学校の用務員に就職したことは認めるが、その余の事実は不知、損害額は争う。

と述べ

抗弁として、仮りに原告に損害賠償請求権が発生するとしても、原告が傷害を受けた昭和三三年二月一〇日から三年を経過したので時効により消滅した。と述べ

原告主張の再抗弁事実を否認する。と述べた。立証<省略>

理由

(一)  原告が昭和三三年二月一〇日午前九時頃福島県会津若松市下大和町七番地会津丸合組合(株式会社会津若松丸合合同青果市場)で里芋洗の作業をしていた際、被告が自家用貨物三輪自動車に蜜柑箱を積載して道路から右市場構内に向つて後退運転したが、右積載した蜜柑箱の最上段が市場建物の梁に触れる状態だつたので、被告はロープを取り外して最上段の蜜柑箱を降ろし、ロープを取り外したまま後退したので、右三輪自動車が建物入口の敷居を通過する際荷台が揺れて軍上積載の蜜柑箱の幾つかが崩れ落ちてこれが原告に接触したことは当事者間に争がない。

およそ自動車の運転手は、積荷の転落によつて他人に危害を及ぼすことがないよう相当の注意をなすべき業務上の注意義務があるものであつて、苟も市場の梁に達する程の高さに積載した蜜柑箱を施縄することなく運転するが如きは、道路ではなく市場構内において短距離間を徐行運転する場合であつてもその進路附近に他人がいるときは許さるべきではない。本件において被告は、右注意義務を怠り蜜柑箱にロープをかけることなく後退運転したため、荷台の動揺で右蜜柑箱が崩れ落ちて進路附近で里芋洗の作業に従事していた原告に接触したというのであるから、被告の過失によつて右の事故を惹起したものというべく、被告は原告に対して、右事故によつて原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(二)  そこで本件事故によつて原告の蒙つた損害について検討してみるに事故直後原告が医師の治療を受けたこと、原告が昭和二八年一〇月から会津丸合組合に勤務し、本俸一ケ月金七、〇〇〇円であること、原告が昭和三八年八月一五日株式会社会津若松丸合合同青果市場を退職し、会津高等学校の用務員に就職したことは、当事者間に争がない。そして、原告本人の尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証、第四号証、第六及び第七号証に証人塩原信六の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、前記のとおり被告が運転していた三輪自動車の荷台より蜜柑箱が五箱位崩れ落ちて原告の背中にあたり、原告は左腰部打撲傷を受け直ちに財団法人竹田綜合病院で診断を受けたがレントゲン写真上では骨折が見られなかつたこと、そこで原告は事故の翌日である昭和三三年二月一一日から同年三月三〇日まで渡辺整骨院で加療し殆んど治癒するが如くに見えたが、どうも身体の調子が思わしくないので昭和三四年五月三〇日福島県立会津若松総合病院で診断を受けた結果、右傷害が原因となつて第五腰椎辷り症兼根性坐骨神経痛に罹患していたこと、そこで原告は右病院において引続き通院加療を受けたが、昭和三五年七月頃から症状が激しくなり同年一二月中旬頃には足の感覚もなくなるような状態となつたこと、そのため原告は勤務先である株式会社会津若松丸合合同青果市場の労務に堪え兼ねて昭和三八年八月一五日退職するに至つたこと、右会社において原告は本俸一ケ月七、〇〇〇円のほか、天者(青果物の競売執行者)として少くとも一ケ月金三、〇〇〇円以上の手当を受けていたこと、原告が昭和三九年一月一日から力仕事をしなくてもよいという条件で会津高等学校の用務員として再就職したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によれば、原告は、本件事故により、昭和三八年八月一六日より昭和三八年一二月三一日まで一ケ月金七、〇〇〇円の割合による本俸合計金三一、六〇〇円、同期間における一ケ月金三、〇〇〇円の割合による天者手当合計金一三、五三六円の得べかりし利益を喪失し、また昭和三五年一二月中旬頃以降の原告の精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。従つて原告は、本件事故により合計金一四五、一三六円の損害を蒙つたものというべきであるから、被告は原告に対し右金額を支払う義務がある。

(三)  ところで被告は、原告の本件損害賠償請求権は原告が傷害を受けた昭和三三年二月一〇日から三年を経過したので時効により消滅した旨抗弁する。成程、不法行為による損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知つた時から三年間行使しないとき時効によつて消滅することは、民法第七二四条に規定するところである。そして、被害者が損害を知るとは、必ずしも損害の数額や程度の全部を知ることは要しないけれども、社会通念上不法行為当時においてその発生が当然予想される損害の範囲に限られ、当初被害者が予想をもしなかつたような結果が発生し損害が著しく増大した場合においては、右増大した新たな損害について被害者がこれを知つたときより別個に消滅時効が進行するものと解するのを相当とする。本件についてこれを見るに、前記認定によれば、原告の本件事故による傷害は一旦治癒するが如くに見えたが、その後身体の具合が思わしくなく一進一退の状態を続け、昭和三五年一二月中旬頃には足の感覚もなくなるような状態になつたというのであるから、その頃原告が当初考えた損害とは異つた重大な損害の発生を始めて認識したものというべく、右日時頃以降の物質的精神的損害についてはその時より新たに消滅時効が進行するものといわなければならない。そして、原告は本訴において右日時以降の損害賠償を請求していることが明かであるから、被告の抗弁は採用し難い。

(四)  よつて、原告の本訴請求は、金一四五、一三六円の支払を求める範囲においては理由があるから正当としてこれを認容するが、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文を、仮執行及びその免脱宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田久雄)

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